思い出の猫
今年の6月、実家の「こまち」が老衰で逝ってしまった。
ここ数年たくさん別れがある。
こまちの訃報があってから、このブログに描くような、猫について考えたくなくなっちゃった。8月は全く更新できなかった。今まで何度も生きものと暮らしてきたし、死には人並みに関わってきたけど、こんな風にずるずるしているのは初めて。
夏って感傷的になるよね。年々夏が嫌になってきた。夏生まれだけど。
こまちは人懐こくて警戒心がなくて、足音をトコトコ出しながら歩き回る猫だった。「まぁ細かいことは、いいじゃないですか」という感覚の子だった。
足にタオル引っ掛けて引きずりながら歩いてきたり、お腹にどこからかガムテープくっつけたまま歩いていたりしてた。
まるで「この世に悪いことなんかありませんよ」って信じきってるみたいなとこがあり、あれこれ世話を焼かないといけなかった。世話を焼くとどことなくニュフフ、と笑ってこっち見てるような猫。
10代の頃から飼っていた、しょっぱい時代にすごく関わってくれた猫。
私の展示会の迷路の赤あしの猫は、こまちをモデルにして描いた。絶対悪いことなんて起こりっこない、と信じきってるような顔。
今月になってこの絵を描いた。
今まで「うちの猫をそのまま描こうかな」とほとんど思ったことがない。
どんだけ模写して描いても、本人の方がイイので私が描かなくてもイイや、と思ってた。自分ちのネコがのびのび描ける人が羨ましかったぐらい。
描いたら気持ちに一区切りついた。腑に落ちるような感じ。
いつかまた猫と暮らすことになれたら、今度はいっぱい描くと思う。