〇〇とネコ

猫をテーマに日常のあれこれを綴っています。週2回くらいまったり更新中です。普段のお仕事やご依頼はhttps://yotuasiya.jimdo.com/へどうぞ

静物とネコ

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麺が柱になって浮いてる食品サンプルが大好き。漠然と見ていられる。

くるくる巻いたナポリタンがピンッと柱になってフォークが浮いてるものも大好き。

 

食べられないものだけど、食べたくなる演出と機能。アートみたいなデザインみたいな、不思議な静物が街の情景にいつのまにか日本的に溶けこんでいて、「かわいい」に昇華していっていて、食品サンプルってホントに面白い。

今更いうのもどうかと思うくらい溶け込んでいる。

我が家にはイクラのマグネットがあるが、見るたびおいしそうとかわいいを同時に感じながら眺めてる。デスクの足にくっついてるイクラの軍艦…この違和感が「かわいい!」になる不思議。

かわいいは奥深いなぁ。

未来では「歴代アメリカ大統領のデスマスクのガチャポン」とか「文豪の代表作の名文立体オブジェ」とか「オーストラリアの動物たちの骨格標本」とかどんどんニッチになっていくのかもしれない…

 

 

 

 

 

ハンバーガーと猫

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ハンバーガーってすごい。

シンプルであり、奥が深い。バランス感覚がすごく大事。ラフだけど繊細なバランス。

 

ヨヨイッと重ねた層をガブっとやるのは痛快。

 

それにしても、おいしいハンバーグを挟んでも、必ずしもすごくおいしいハンバーガーにはならない不思議。

自炊しまくってる人も、料理大嫌いな人も一回ハンバーガーを自分で作ってみてほしい。いろんな発見があるから。

ソースやマスタードとマヨの塩梅をあれこれ考えたり、野菜の配分をたっぷり盛ったりすごく楽しい贅沢。家事として実践した食事とは違った、趣味的な楽しさがある。

 

 

(お金をしっかり払って思い出に残るよーなおいしいの食べるなら、自由が丘のベアバーガーがおすすめ)

 

 

 

カレーと猫

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なんでもこだわりを持つのは良いことだが、

カレーはこだわりがない方が楽しいなと思う。

 

本場のカレー、欧風カレー、田舎風カレー、焼きカレー、ドライカレー、カレーうどんカレーラーメンスープカレー…みんなそれぞれ違った性格でそれぞれウマイし、それぞれシーンがあるから、偏るのがもったいない。

 

なんでも決断とかこだわりとか、新しさとか伝統とか何かにつけサマになるけど、

料理に関しては、型を決めず、偏らず、親しさに頼らず、流されがちで優柔不断にありたいと思う。

 

 

 

 

 

 

鬼とネコ

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鬼と猫は、相容れないなりに気が合うのではないかな、と思う。

 

今年の節分は小さく包んだ豆袋で豆まきして、恵方ロールケーキを西南西向いてムシャムシャ。行事の趣も大事にしつつ「らしく」親しんでみた。

らしくいこう、というのと、行事や慣習とに折り合いをつけるのは心地良くていい。

「らしくやる」と「慣習を汲み取る」のは異なるけど近いことだと思う。

 

正月過ぎた辺りから、「日本昔ばなしに浸りたい欲」がでてきた。おしりを出した子一等賞のあれ。

昔聴いたあの曲!なんかまた聴きたくなったぞ!というのが、ふと頭に浮かぶ感じで「あの、キツネがおばあちゃんと交代で卵飲むあの話…なつかしっ!」というのが湧く。

あの「あー、思い出した」の楽しい興奮。年の瀬から立春のこの時期、特にこの現象多い気がする。なんでなんだろう。

 

毛糸と猫

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憧れはあるけど苦手、編み物。

理屈はわかっていても、びっくりするほど目を見失って数えまちがう。

編み物歴は小学生のころに初心者向け編みぐるみを9ヶ月かけて作り、成人してからは毛糸のスポンジと毛糸のマットを数回作ったっきり。

どんな手作業も身体が覚えていくものだけど、数え間違いの多さはもう向いてないとしか言いようがない。

 

毛糸のマットは我が家の雄ウサギのムゥさんの冬用に作った。何故か厚みが違うし、何故か硬いとことやわらかいところがあるけど、彼は気にしないでしょ。とケージに入れた。

彼をマットに乗せたらクルクル回りながら検閲して、明らかに不愉快そうに私を見たあと、手作りマットはケージの壁に押し上げられ遺棄されてしまったよ。

 

ウサギにはモノのクオリティや趣を重んじる感性がしっかりあるようだよ。

壁に追いやられながらも枝垂れかかるマットを、前脚でバリバリとコテンパンに蹴散らす様子には、いっそ清々しさがあったよ。

 

使い古しタオルや梱包材の藁半紙だってちぎって遊んで布団にしたりするようなウサギすら、ハッキリ要らんと思うような出来のマットを量産したって仕方ないので、それ以来は道具一式、押し入れに仕舞っている。

 

冬になるたび編み物は少し私の頭をかすめる。そりゃ作れたら楽しいだろうけども。

 

髭と猫

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「知ってるけど実物みたことない」というものがたくさんある。付け髭がまさにそれ。

小説や映画、漫画の中ではよく見る付け髭。

実際に見たら話の筋を外れて「見せて見せて」ってなるに違いない付け髭。

地毛をフッサリ生やしている髭の人には全く食いつかない。

髭が好きというか、敢えて付けた髭、というレアな状況に食いついてしまうと思う。

(それとも私が知らないだけで、つけまつげくらいメジャーなのかもしれないが)

 

猫にもたまーにチョビ髭みたいな毛が生えてる方がいて「見せて見せて」とじーっと見てしまう。

猫は全身毛だらけなので「そりゃそういう柄もつ方も自然にいるでしょうよ」と私も頭では分かっていても、つい見入ってしまうよ。

 

チョビ髭猫も「うわー、たまにいるんだよなこういう人…」って顔なので申し訳ないが、

たまに「あー、なんか人間ってこういうの好きらしいね」とばかりに見せてくれる方もいる。

 

髭の形がどうとかはなく「生えてるなー!」と分かりたいだけ。なんだろうこの欲は。

「うん、生えてるな!」と分かって満足する、動植物園で花を見る感覚と似ている。静かな興奮。

 

年末年始とネコ

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いろいろあった1年。

おかげさまで年末年始が楽しい。

 

年末年始はいい。終わりと始まりが視界に見えていて、シンプルなセオリーと習わしに沿って呼吸してるだけで過ぎていくのに、非日常的にソワソワしてて楽しい数日間。

 

横浜は半分観光地なせいか、人の流れが活発で退屈しない。やたらソワソワ、ワイワイ、それでいてサバサバしててパリパリしてる。

今年で10年暮らしましたが未だに横浜、というか神奈川県ってよくできた街だなぁと、他所モノ気分で思う。一生馴染まないままずっと住むのかもなと思う。

 

この猫を描いていたとき、娘が私の手製のネズミの塗り絵をしてた。

猫の塗り絵も描こうか?と聞いたら、数秒黙って考えたあと真剣な顔で「ネズミが、ネコこわがっちゃうよ?」と言ってて笑った。

 

そんな娘からコソコソしながら描いた猫ですが、ここ最近で1番堂々としてる猫。

 

正月を笑う猫。

 

年越しの喧騒を笑っているようで、よい締めになった。